懐かしい思い出の、寄稿、写真、動画等を掲載しています。
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目次
沈む夕日の光に映えて、心に残るサインの旗は、誇らしく、誇らしく、皆思い出の徴なり、
友よ幸多き旅路のために、進め第二の第二の人生、我らKE社友会
作詞 須永 昌弘 音源提供 広岡 善仁
空撮写真です。奥に横田基地、手前に水木公園。
羽村工場の正門です。
屋上からシンボルタワーを望む。
シンボルタワーの周囲には世界の主な都市の方向に都市名が刻まれていました。
駐車場の車を見ると時代を感じますねー。
背景の羽村の町の景観も今と異なり緑が溢れています。
工場の正門です。
駐車場南東側から本館正面方向
建坪:約4000㎡
6階建て
駐車場南西側から本館/補助棟方向
敷地内自然林
従業員用通用門
空撮写真です。間近に富士山を望む。
工場の正門です。
工場棟です。
健保体育館です。
正門と工場を望む。
研究所を望む。
関連会社の昔の写真と今の写真です。
関連会社出身の会員の方、関係会社とお付き合いされていた会員の方、お楽しみください。
国際電気テクノサービス本社
国際電気エルテック
瑞穂工場
国際電気エルテック
瑞穂工場
国際電気エルテック
上市工場
アルファ電子
本社現在
アルファ電子
本社設立時
アルファ電子
羽村工場
昭和塗装・
国際電気テクノアート
社歌と工場写真を動画にしました。
富山地方のおわら風の盆の写真です。
羽村の夏祭りでもおなじみになりました。独特の雰囲気が伝わりますでしょうか??
国際電気50周年記念展示会の写真です。
会員の方が展示会で撮影したものです。思い出に残る写真がありますでしょうか??
オクラホマ州ドーバー郡で先進的自動車電話システムの立ち上げ
川口春樹さんからの寄稿文です。
先日、古い資料を整理していた時に、懐かしい新聞が出てきたので公開します。
時代はさかのぼり1970年代後半、自動車電話のサービスが始まる前です。
当時は車で移動中の相手との通話はVHFやUHFのトランシーバを使った片通話方式(プレス・トゥー・トーク)でしたが、米国でトランクシステムと言う大ゾーン方式の自動車電話システムが開発され、国際電気もカリフォルニアのルーカス製レピータと自社の無線技術でシステムの提供を始めた頃の記事になります。
・システム設置場所
オクラホマ州ドーバー郡
・システム概要
800MHz帯、デュプレックス通話(各通信エリアは20chで構成)
通話は車←→車、車←→通常電話(ランドライン)で各エリア間で通話維持して移行
従来のVHF帯やUHF帯の通話と異なりノイズの無いクリアな通話が特徴
システムの立ち上げに伴い、米国支社KEAから吉田氏、国際電気から山下部長以下5名で約1ヶ月の出張対応でした。全ての作業が終わりホテルから車で空港へ向かう途中の通話テストでシステムダウンした事が分かり、急遽引き返すハプニングもありでドタバタでしたが、今では良い思い出です。
掲載の写真は左からKEA/吉田氏、KE/山下氏、川口、牧野氏、システムオーナー/Noel Write氏、富保氏、橋口氏、田中氏
写真はクリックで拡大します
アルファ電子株式会社15年の歩みに寄せた設計者の熱い思い
アルファ電子OBの藤本司さんと長坂行徳さんからの寄稿文です。
OBの大澤さんにOBの大阪さんから寄せられた仕事の思い出を綴った作品のご紹介です。
大阪さんの略歴は
・1943年に秋田県田沢湖町で生まれ横手工業高校を卒業されて国際電気の狛江工場に入社され主に防衛庁関係の通信機の調整試験に従事されていました。現在は市原市にお住まいとのことです。
会員の田中 章皓さんのホームページ「ヨーロッパスキー紀行」へリンクさせて頂きました。
昭和54年 KE会 尾瀬丸沼スキー場での スキー部の滑りです。
KE会主催 スキーバス 乗鞍高原へ、撮影には あいにくの雪模様、スキー部によるスキースクールの様子です。20名の集団での滑走もなかなかです。
<8mmフィルム退色が少し進み青かぶりの状態>
昭和42年年末年始 国際電気スキー部主催の黒姫高原でのスキーの記録です。